ひーちゃさんの不倫日記&不倫ブログ
2ヶ月ぶりに、こちらから掛けようとしていたら、彼女からの電話が鳴る。
付き合っている頃からこういうことが色々とあった。
別れて半年経つのに、本当に不思議だねぇと笑いあう
今気づいたら 彼女がいなくなって、今日でちょうど半年。
この2週間は本当に生き地獄だった。
一時は立ち直りかけていた筈だった。
「執着」がまだ残っているのに、新たに「諦め」を実感して、その2つが身体の中で闘っていた
暫く忘れていた絶望感や喪失感が、また襲って来て体調は最悪。思考は支離滅裂。全く身体が動かなくなった。
ああだこうだ言いながらも傍にいてくれていた五年半を、本当にいとおしく感じる。
どんな形であれ、今、パートナーの傍に居れることはすばらしい事だ。
どんな恋もいつか終わりがくる。
それは死別という形かもしれないが。
そして人の心は変わる。
だからこそ、目の前の彼、彼女を目一杯大事にしてあげて欲しい。
俯瞰して、思う。
そろそろ半年
相変わらずなんだかんだで週一の細々としたやり取り
向こうも不安定な様で
そりゃそうだ。乗り換え先も既婚者だもんな。
2人で暮らしたマンションの名義は彼女のまま。
荷物も置いてきぼり。
年明けに一度マンションの下まで様子を見に来たらしい。
荷物、取り戻してこいって言われてんだろうな。
期待をしていては、こっちの身が持たない。
察する能力の高い人は、「思いやり」に優れているといわれている。
場の空気を読むのが上手で人がどんな言葉で傷つき、喜ぶのかおおよそ理解している。
このような人は、相手に自分の意図を察されるのを恐れ感情をそのまま出さない。
素直に笑ったり、ありがとうと言ったり、祝われたりするのが苦手。
居心地の良い恋愛環境を作るのが得意。
その一方で人に気を使ってばかりいるので、基本的に1人でいることを好む。
相手にも、自分を察して欲しいと思っているし、言いたい事が言えずに勝手にストレスをためていることも多い。
解決方法は…「些細な事にこそ向き合う」事に尽きるんだろう。
最初は同じくらい察する能力の高い相手を好むが、歳をとってくると、返って察する能力の低い人で、かつ打算的でない相手を好む傾向がある。
それはその相手をコントロールしやすく、気を使わなくてすむ事に気づくから。
自分を観察していて、最近感じている。
子供の頃から、僕と近しくなる人は、父親が他界していたり、働いてなくて家に引き込もっていたり、離婚して母子家庭だったりする人が多い。
男女問わず。
この事には20代の頃から自分で気が付いていて、歴代の彼女に恐る恐る父上の事を尋ねる度に「あぁまただ…」と思ってきた。
僕の妻の父上は何十年間も働いてなかったし、彼女も同じだった。
何故かは解らない。
ファザーコンプレックスっという言葉は知っていても、自分にそれを補える何が有るのかも解らない。
何かしらお互いに引き寄せ遭うものがあるのだろうけど、彼や彼女達が何を僕に見いだしているのか解らない。
或いは僕自身がそういった要素をもった人を選ぶよう、プログラムされているのかもしれない。
時々考えている。